農業は面白いから続いてきた
令和8年4月号組合長エッセイ
農業従事者が一貫して減り続けています。特にこの5年間では、過去最大の25%の農民が農業から離れたり去っていってます。コロナ後の資材などの生産費の高騰や高齢化、そして後継者の問題などが大きく影響しているものと思われます。大山が「梅栗運動」を始めた、昭和36年頃の日本の農業従事者は1,450万人でした。それが現在では102万人と大幅に減少してます。当時は貧しい時代ではありましたが、賑やかに四季折折の祭りや行事を楽しみ、お互いに助け合い励まし合っていろんな農作物を栽培管理して、やったりもらったりしながら心豊かな生活と暮らしをしてました。その農村で暮らしていた93%の農民が居無くなったのです。いま残っているのは7%のほんの一握りの人々です。その残っている高齢の農業者もこの先が心配されます。内山節という哲学者の記事を読んだことがあります。次のように語られてました。「いまから半世紀近く前のこと、私はある山村で偶然に知り合った村の古老と立ち話をしていたときがあった。と、その古老がこんなことを聞いてきた。『なぜ農業は続いてきたのかわかるか』私は不意打ちに遭ったような感じで返事をした。古老は愉しそうに笑いながら、『お前、馬鹿だなあ』と言って続けた。『農業は面白いから続いてきたんだよ』誰でも一生の間には、農業から離れられる契機があったはずだ。江戸時代でも次男坊・三男坊は、商人や職人の家の丁稚になって都市に移住する者が数多くいたし南部杜氏や越後杜氏そして新潟や山形の大工のように、冬の出稼ぎのかたちで都市とのつながりをもつ農民もいた。決して閉じられた農村で暮らしていたわけではないのである。だがいろいろなことがあっても農業は続いてきた。その理由は『面白いからだ』とその古老は言っていた。とすると、農業の面白さはどこにあるのか。自然とともに働く愉しさもあるだろう。作物を育てていく愉しさ、毎年工夫をしながら自分の技が高まっていくことを実感できる愉しさもある。さらに、農民として生きる誇りを共有する地域社会があって、その地域には農と結ばれた祭りや行事があることも、農の営みに充実感を与える。仲買いのかたちで村に買い付けにくる昔の商人も農民たちの努力をよく知っていて、彼らの価値が分かっていた。」と語っています。本当の農村社会の営みと心の豊かさの抱きを教えられます。古老の言うように「農業は面白いから続いてきた」という精神と誇りを数十年前までは多くの農業者は心に持って、農業の生産と生活に取り組んできたのではないでしょうか。このまま進めば農家のいなくなった、田畑や果樹園等の耕作地は広がり、荒廃面積が広がっていくでしょう。都市で暮らす生活者も地方の農村に行った時に、荒れ果てた農地を見たときには心が痛みます。また同時に精神も痛むこととなります。しかし手入れの行き届いた農村の田園風景がそこにあれば、心が癒されて安心した豊かな気持ちが生まれるでしょう。江戸幕府が崩壊し明治となった頃に外国人が日本に来て一番に驚いたのは日本全体の美しさだったと言います。ただ自然が奇麗で美しいというだけでなく、地方の農村が田畑や石垣や道が美しく手入れが行き届いていて国土全体が美しい公園のようだと皆さんが感嘆の声を上げたと記録に残ってます。まだ私たちの子供のころもそのようにあったと記憶してます。

助け合い共同作業で堆肥を撒き土づくり

