イスラエル・キブツ研修の旅

先日のことです。「若い頃にイスラエル国のキブツ(集団農場)に研修に行ったそうですね、そのことを聞かせて下さい」と某新聞社の方が来られました。それは1975年(昭和50)、46年も前のことです。久しぶりに当時のアルバムを開き、記録を読み返していると記憶が徐徐に脳裏に蘇ってきます。15年生前後の大山自慢の梅の花も満開の3月17日(月)午前7時、役場庁舎前に私達キブツ研修の3名は、主催者である「世界を知ろう会」と町内の有志の方々約百名の見送りをうけて長い研修の旅に出たのでした。福岡空港11時50分のJALで13時20分羽田空港着。都内のイスラエル大使館を訪問して入国の際に手間取らないように紹介状を書いてもらいました。夜は同行の原亘さんが御坊さんであり研修の際に滞在していた築地本願寺に宿泊しました。日本を発つ前から貴重な体験でした。翌18日(火)羽田空港13時発アエロフロート(旧ソ連)に搭乗、ソ連のモスクワ空港を経由し、19日(水)21時にフランス・パリのオルリー空港に着陸です。ホテルには泊まらず空港のベンチで夜を明しました。外は深夜からの雪、朝になりイスラエルまでの乗り継ぎの便を探すが掲示板には出ていません。そんなはずはないと右往左往していると乗り継ぎのトランスワールド(TWA)便は、別のシャルル・ドゴール空港と知り、3人共々慌ててしまいました。時間もないしタクシーで行こうと相談していると、優しいお爺さんが現れてタクシーは高いので空港直行バスに乗って行きなさいと親切に教えてくれました。そしてバスの運転手に8時40分発のTWA航空機に搭乗予定と説明までしてくれ、不安な異国の寒空の下、人の温かさをひしひしと感じたことを昨日のことのように思い出します。バスの運転手にも恵まれ、彼は昨夜より降り積った雪道を猛スピードで走り、予定時刻より15分早く8時に到着してくれました。私達は感謝とお礼を言って、急ぎTWA航空のカウンターに行くと、積雪のため出発は14時に変更されたと説明をうけひと安心でした。航空会社からは遅延のお詫びに朝食が提供されちょとラッキーでした。パリを14時30分に出発し機内食サービスを終えて、ひと眠りしていると飛行機が着陸しました。慌てて下りようとすると、そこはイタリアのローマ空港でした。そうでしょう時計をみるとまだ2時間しか経ってません。ローマを経由して現地時間で3月19日(水)の22時20分にイスラエル、テルアビブのベングリオン空港に到着です。空港ではイスラエル駐日大使館の紹介状があるにもかかわらず厳しい入国検査を受けました。そして何とか通関して待合所に出ると研修目的地、メギド町のキブツ、ラマトハショフェットより迎えの方が来てくれており、初対面ながらも彼らの顔をみて正直ほっとしました。深夜の道を走り大山を出発して3日目、無事にキブツの研修者宿泊施設に入ることができました。
今のように、スマホやネットもなく、自分の目で見、耳でたしかめながらの海外への旅、これも貴重な体験学習でした。
いよいよキブツでの生活がスタートします。
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キブツの大物リーダー ハナン・ハレビ氏の自宅で